自分の作ったゲームを自分で分析して、良かったところとか、問題点とかを出してみよう

まえがき

この記事は、ゲームデザインアドベントカレンダー2018という、私の所属しているゼミの担任の先生が作ったアドベントカレンダーの記事になっております。

ゲームデザイン Advent Calendar 2018

あれ? ぜんぜん人登録してなくない? ていうか先生まだ書いてないじゃないですか。先に書いちゃいますよ。

何を書くのか

私と友達とで作ったWindows用ゲーム『Everlasting to Die』というゲームを分析したいと思います。

あっ……すいません、完全に忘れてました……。安心しきってなんかもう別のゲームの企画作りだしちゃってるし……。多分これは永遠にSteamには出ません(笑)。後述しようと思いますが、いろいろと欠陥があるので、おそらく根幹から作り直さないとまともに動いてくれないのです。メインでプログラムを書いてくれた斉藤君には悪いけど、彼の書いてくれたコードを元に清書していくことになるかもしれないですね。

こちら、Everlasting to Die のジャケットになります。

EtoD.jpg

見ての通り(?)、ゾンビものになっています。今作はゾンビを操作して、街を混乱の渦に巻き込んでいくゲームです。詳しくは以下にプレイ動画を載せましたので、見てみてください。

ここから見えるこのゲームの要素は

・ゾンビを操作する

・オブジェクトを破壊する

・特殊部隊を倒す

・一般人を襲う

・時間制限がある

・スコアがある

と、簡潔に表すことができます。

 

ゲーム分析の方法

ロジェ・カイヨワ氏『遊びの分類』

で分析していこうかと思います。これ以外にも、ゲームシステムやUIに関する僕自身の感想なんかも載せます。

それでは、分類図を簡単ではありますが、載せておきます。

ロジェカイヨワ.jpg

ロジェ・カイヨワによる分類における『Everlasting to Die』

競争の要素

・スコア制度

・特殊部隊、一般人との戦闘

運の要素

・味方ゾンビの移動方向

模擬の要素

・ゾンビを操作するという点で、ゾンビになるということは実現されている(?)

眩暈の要素

・オブジェクトや特殊部隊を破壊した時のエフェクト(?)

 

として、ある程度はこのゲームの中で要素を配合しています。ここから、さらに要素同士がどのようなバランスで成り立っていて、それが本当にこのゲームに良い結果を与えているかを考察してみます。

 

競技性と運のバランス

ゲームにおいて、競技性と運のバランスはハードコアユーザーとライトユーザー、どちらも取り込むために重要な要素だと考えられています。例えば、将棋などのいわゆる、「完全情報ゲーム」と呼ばれるものは、完全に「競技」の要素にパロメータを全振りしています。むしろそうしなければ成り立たないような設計になっています。完全情報ゲームにおいて「運」の要素は不要であり、それゆえ、実力のみがそのゲームの結果を決める要素になっています。

それとは逆に、バックギャモンや麻雀などのゲームは実力の他に、運の要素も配合されています。例として挙げた二つは、運と実力のバランスが良いゲームとして有名です。

運と実力のバランスで良い割合は、よく言われるのは 実力7:運3 です。これが、コアユーザーを確保しつつ、ライト層も取り込みやすい割合です。初心者が30%の確率で「ジャイアントキリング」を達成できます。

これらは対戦ゲームでの考え方ですが、Everlasting to Die は運と実力のバランスが良いのでしょうか?

 

Everlasting to Die における「運」と「実力」

他のゾンビを操作する方法は、破壊可能オブジェクトや、特殊部隊に向けて攻撃指示を出したときのみです。それ以外はランダムで徘徊しているだけです。

逆に言うと、継続的に指示を出すことによって、ある程度のゾンビの移動先を指定することができます。ずっと指示をしていないと、ゾンビは散り散りになり、攻撃指示を出しても、集合に遅れてしまいますが、的確な指示を継続することで思った通りのプレイングを可能にしていきます。

キャプチャ3.PNG

これは繰り返しプレイすることによって成長するプレイヤーの実力とゾンビのランダム性の配合が行われていると言えなくもないでしょうか? いい感じではないでしょうか?

問題点

敵のAIも味方のAIもポンコツすぎます。ゾンビを見て逃げ出さない一般人。指示を出さない限り何もしないゾンビ。これらが改善されればさらに運や実力の要素に磨きがかかったかなと思います。

 

Everlasting to Die における模擬の要素

ずばり、ゾンビになりきる。という答えなのですが、そういった場合、この3人称視点のカメラが気になります。

なりきることを考えた場合、1人称視点がもっともオーソドックスです。では、なぜ3人称視点のゲームとして開発したのか。その理由は以下です。

・ゾンビを操作する楽しさを得るため

・ステージや敵を視認しやすくするため

・他のゾンビとともに街を襲っている意識を持たせるため

この三点を両立させるためです。ただ単にパンデミックを起こすだけなら上空にカメラを配置したシミュレーションゲームでも可能だし、ゾンビを操作するならば1人称でも可能です。それらをバランスよく成立させるのが3人称だと考えました。

なので、模擬の要素はこのゲームではあまり無いです。

 

Everlasting to Die における眩暈の要素

眩暈とは、ルールに依存せず、かつプレイヤーの意思が介入できない遊びの要素です。はたしてこのゲームにその要素が入っているのでしょうか?

ここで考えられるものは、プレイヤーが初めてこのゲームを体験した時に得られる、ルールを理解しきれないうちにプレイしている状態こそが眩暈の状態だと考えられます。試行錯誤の状態から徐々にルールを理解していく過程の中に眩暈が含まれていると思います。

 

その他、個人的な意見

UIがもっと欲しい

たとえばカーソルにオブジェクトを合わせたときに、オブジェクト破壊に必要なゾンビの数なんかが表示されればいいなと思いました。あと、指示出し済みの場合、それを確認できる状態にできればいいと思いました。

Steamに配信したい

多くのレビューが欲しいと思っているので、頑張ってもうちょっと良いものにして、配信できればいいなと考えています。もうしばらくお待ちください……。

 

最後に

今回はアドベントカレンダーの10日目としてこの記事を書かせていただきました。もうちょっとこのカレンダーの参加者が増えてくれればいいなあ。

ありがとうございました。

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